ラマッラー Ramallah

エルサレムから北へ約15km、周辺地域も含めると人口36万人以上(2016年・PCBS)の大きな都市、ラマッラー。

アラビア語で「アッラー(神)の山」という意味を持つこの都市は、標高880mの小高い丘の上に広がっています。

ラマッラ―の中心部

大都市ラマッラー。パレスチナ自治政府は現在、ここに首都機能を置いています。

1995年12月にパレスチナ自治政府がラマッラーに設置されて以降、多くの国の大使館が置かれるなど、パレスチナの政治的首都としての機能の役割を果たしている都市です。

また、ラマッラー郊外のビル・ゼイト(BirZeit)に大学があることから若者も多く、新しいカルチャーが発信されるような活気もあります。

パレスチナ自治政府の初代大統領である、ヤーセル・アラファトの墓もここ、ラマッラーにあります。

ラマッラ―・アラファトの墓

ラマッラーにあるアラファトの墓。自由に見学可能です。Tristam Sparks, restlesseye.com

アラファトは自分が生まれたエルサレムでの埋葬を希望していましたが、現在エルサレムはイスラエルに実行支配されているため、ラマッラーに埋葬されています。

ラマッラーの歴史

16世紀

ヨルダンからキリスト教部族が移り住んだのが、現在見つかっている最古の記録とされる。

~18世紀

アラブ・クリスチャンの農業の町として発展。

20世紀初頭

1902年に周辺地域の主都と制定されると次第に町としての重要度が上がり、発展する。

1917年

イギリスの支配下に入り、その後イギリス軍が駐留を断念する1948年(イスラエル建国の年)まで、経済的な重要地点となる。

1948年

イスラエル建国。

西岸地区はヨルダンの管理下に置かれますが、ナクバ(イスラエル建国によるパレスチナ人追放)によって大量の難民が押し寄せ、人口が急増する。

1967年~現在

1967年以降のイスラエル占領時代には、ラマッラー市長が入植者による報復テロに遭い片足を失うという大怪我を追わされ、またイスラエル軍に市政を奪われるなど、辛い時代が続く。

1995年には大統領府が置かれ、徐々にパレスチナを取り戻そうと多くのNGOなどがラマッラ―を拠点として活動を活発化させている。